カンボジア編  カンボジア救急救助技術支援の経過。


・面積 181,035Ku
・首都 プノンペン
・人口約1470万人
 2017年の支援

 2017年4月現在、カンボジアではJPR理事長の正井氏が長期滞在型支援を継続しています。
 カンボジア初の「災害派遣対応ユニット」であるRRC711部隊(救急救助・消防防災のプロ集団)は、プノンペン市民にとって有名な存在となり、火災の消火活動や救助活動、救急搬送において、全てが無償の奉仕で活躍する姿が、連日のようにテレビ局のニュース番組やインターネットなどで報道されています。
 また、シアヌークビルに開校された「カンボジア・日本友好防災学校」では、将来の消防士たちが育成される環境が整いつつあり、指導者達の育成も順調に進んでいます。
 しかし、途上国ゆえの様々な問題や国民性、ユッタリとした時の流れから、正井氏の苦悩や苛立ちが全て無くなる日はありません。
  新着情報は、2017年の支援をご覧下さい。
 
  2008年から開始されたカンボジア支援、過去の情報は「カンボジア支援 アーカイブ」をご覧下さい。

  カンボジアを支援することになった経緯は下記に記載しています。 

カンボジア救急救助技術支援の経緯
 2008年、カンボジアを支援する他のNPO団体から、JPRに対し救急救助について調査の依頼がありました。
JPR理事長の正井潔氏が、6月と12月の2度に渡る調査を行い、現在カンボジアが救急の現状において抱えている深刻な現状や様々な問題点などが解りました。

多くの人々が1台の車に同乗している様子
カンボジアの街並み

 12月の先行調査で、NPO団体の救急車や民間救急の調査をしている際、突然プノンペン市内に駐屯するBrigade70師団長のカンボジア軍中将から会談の要請があり、訪問することとなったのです。
 会談の中で中将は「今のカンボジアで救急システムの構築は急務であり、今すぐ市民、国民の生命を救うために行動できるのは、軍隊の衛生兵であり、救急隊の育成は急を要する。一人でも多くの市民、国民の命を救うためにご協力願いた」と技術支援を要請されたのでした。
 正井氏は「私はJPRの代表として、JPRの基本理念は、一人でも多くの命を救うことであり、その理念が中将のお考えと合致していれば、出来るだけのご協力はさせて頂きます」と回答し帰国したのですが、やはり軍隊ということで熟考に熟考を重ね、悩んだ末に「支援する」という結論を出したのでした。

カンボジア国王軍
Brigade70師団

 当時のカンボジアでは、交通事故などで民間の救急隊に搬送された場合、高額な搬送費用や賄賂、病院代などを請求されていました。
 また、火災でも警察消防などが、水代と称した賄賂や高額な消火費用を請求していたそうです。
 残念ながら、これは現在のカンボジアでも継続されているようです。
 先進国のように「無償の奉仕」で活動する団体。
 日本のような消防組織の無いカンボジアでは、給料のみで活動する団体は警察や軍隊となりますが、警察消防は賄賂が横行しているため、「市民、国民の生命・身体・財産を守る組織」を結成する必要がありました。

 それが、Brigade70 Rapid Rescue Company: RRC711部隊(災害派遣ユニット)なのです。
 賄賂や費用を求めない、真のプロ集団の結成。命の貴さを知り、使命感とプロ意識を持った消防のプロ組織を立ち上げることでした。JPRでは、先の技術支援(ザンビアやインドネシアなど)と同じように、消防車や消防資器材なども同時に寄贈していましたが、それを有効に使用できる技術と知識、そして安全に使用出来、使いこなせるということも非常に重要なこと。
 物だけでは無い「人的支援」が最も重要と考えていました。

消火活動の方法を指導
静脈路確保(点滴)を指導

 この時期は、インドネシアへの技術支援と同時進行でしたが、カンボジアへも2009年、2010年と約一週間程度の短期的な技術支援を続けていましたが、2011年正井氏が神戸市消防局を退職すると同時に「カンボジア長期滞在」を決意し、Brigade70 RRC711部隊をカンボジア初の救急救助、消防防災のプロ集団にしようと決心したのでした。

 正井氏は、常々「お金では買えないものがある」「自分の知識や技術を売り物にしたくない」という事で、すべて自己負担でカンボジア長期支援に望みました。
 そして、銃を筒先(消防の水が出てくる部分)に持ち替え、人々の生命と身体、財産を守るプロ集団を育成しようと、日々努力したのです。
 当初結成された隊員たちは、あまりの厳しさに殆ど残っていないそうです。
 文化や考え方の違い、様々な団体からの干渉や妨害といった困難から、非常に苦労が多く、何度も「辞めて帰ろうか・・・」と思ったそうです。
 しかし、1年・2年と経過し、正井氏の指導や考え方に同調した隊員が定着するようになり、現在のRRC711部隊が完成したのです。

日本から寄贈された消防資器材を装備
カンボジア初の50m級はしご車を寄贈
消火(放水)訓練をする隊員達
実際の救急現場で活躍するRRC711救急隊

 次のステップは、この隊員たちが指導者となり、新たな隊員が増えて、いずれカンボジア全土に、賄賂や費用を請求しない本当のプロ、消防のプロが増えていくことなのです。
 「軍隊に指導している」ということで、多少アレルギーをお持ちの方や疑問を持たれると思いますが、現在のカンボジアで無償の奉仕で救急救助・消防防災を担っているのはRRC711部隊のみなのです。
 先進国で言う「消防組織」が「Brigade70 RRC711」なのです。

 今では活躍する姿が、TVやインターネット・新聞など多く掲載され、プノンペン市民にも知れ渡っています。
 そして、なにより尊敬されているのです。

日本で研修を受けるRRC711の隊員
正井理事長と消防車を運転する女性隊員達

 JPRが基本理念として掲げる「ひとりでも多くの命を救う」という言葉。
 Brigade70 RRC711部隊に、確実に受け継がれています。

2010年からのカンボジア長期支援開始の経緯


 指導を受けた訓練生たちの総合訓練の様子
 (カンボジアセレモニーにて)

 2010年3月末で、神戸市消防局を定年退職となったJPR会長の正井氏が、退職間もない5月からカンボジア王国に渡り、JPRでは初めての長期滞在型支援活動を行いました。
 当初の1年間は、正井会長と西山会員(看護師)による2名で滞在し支援。
 応援隊としてJPR会員数名で結成された短期支援チームが年間に数回に渡り派遣され、総合的な研修や訓練などを実施しています。
 目的は、カンボジアで救急や救助の指導者を育成すること、カンボジアにあわせた、新たな消防消火戦術・技術を開発・伝播すること、プレホスピタル・ケア(病院前救護)の充実やインホスピタルの充実に協力することなど、多岐に渡っています。

 カンボジア支援は、2008年6月にカンボジア救急を先行支援していた、NPO団体の職員からの依頼で開始されました。
 6月と12月の2度にわたる先行調査を実施。
 カンボジア救急が現在抱えている深刻な現状、様々な問題点などから、どのような支援が出来るのか、必要とされているのかを入念に調査したうえで、2009年の3月「第1回カンボジア技術支援」を3名のJPR会員で実施しました。
 この支援は技術の支援をしながら、同時に調査を継続する形をとりました。

 その後、2009年6月の「第2回カンボジア技術支援」で3名を派遣し、同時に消防車両や救急資器材・救助資器材なども寄贈しました。
 同じ年の9月には「第3回、第4回カンボジア技術支援」を実施し、それぞれ5名と6名で編成された指導チームを派遣しています。

 現在までに、長期滞在支援とともに短期的にJPR会員が派遣され、継続的な支援が実施されています。
 カンボジア支援のアーカイブを是非ご覧下さい。

カンボジア支援 アーカイブ

カンボジア支援の軌跡
 ※年度の下に、主な掲載内容を記載しています
 

2016年 
 カンボジアのシアヌークビルに、様々な困難を乗り越え完成された「カンボジア・日本友好防災学校」。
 指導者の育成や、日々のRRC711部隊の活躍を掲載しています。

2015年 
 カンボジア支援紀から、長い時間と様々な困難を乗り越えて、やっと完成された災害派遣ユニットRRC711。
 プノンペン市で、日々活躍する姿を掲載しています。

2014年 
 B70の20周年記念で実施された総合訓練や、カンボジアのイオンなどで実施された訓練などを掲載しています。

2013年 
 長期支援の正井氏と、短期支援で訪れたJPR会員達の指導や支援状況を掲載しています。

2012年 
 カンボジア初の航空救助訓練や、B70内の学校設立、神戸市議会議員の訪問の様子などを掲載しています。

2011年 
 カンボジア初の50m級はしご車や隊員が固定しない中で、苦悩と苦労の連続で支援する状況、そしてなぜ軍隊なのか?を
掲載しています。


2010年 
 支援初期、正井氏と西山氏の支援状況を掲載しています。
  5月 JPR正井氏・西山氏カンボジア長期派遣開始
  7月 第五回カンボジア短期支援
  8月 第六回カンボジア短期支援
 11月 第七回カンボジア短期支援

2009年
 カンボジアのインフラや環境、宗教や考え方、そして指導方法などを調査しながら短期的に支援しています。
 第一回カンボジア短期支援(調査支援)
 第二回カンボジア短期支援
 第三回カンボジア短期支援
 第四回カンボジア短期支援

2008年
 カンボジア先行調査 ※ここからカンボジア支援が始まりました。



※ここに掲示されている写真の著作権はJPRにあります、無断複写を禁じます。


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