第1回・第2回 カンボジア技術支援


Kingdom of Cambodia




 第1回 カンボジア支援報告

 「第2回カンボジア調査報告」でもお知らせしましたように、カンボジア軍70師団のMAO中将から「今のカンボジアで救急システムの構築は急務であり、今直ぐ市民、国民の生命を救うために行動できるのは、軍隊の衛生兵であり、救急隊の育成は急を要する。
 「一人でも多くの市民、国民の命を救うためにご協力願いた」と技術支援を要請されたことをお受けし、今回調査として技術支援を行いました。

 今回、技術支援に先立ちMAO中将と支援内容について協議した結果、中将からカンボジアの災害対応のための「災害派遣ユニット」構築に技術支援をしてほしいと要請させました。
 この組織は、日本で言えば総務省消防庁の「緊急消防援助隊」のような役割です。
 自治体組織の脆弱なカンボジアのため、機動力のある軍がその役割を担うと言うことだそうです。
 今回は、その訓練の第一段階としてMAO中将が10名の訓練生を選出し、9週間の体力作りの訓練を指示してきたそうで、その訓練生に3日間の訓練を実施してきました。

 今回の訓練テーマは、「命を救え!」「自分で考えろ!」(資機材が少ないため自分で考え工夫する)そして訓練項目は、「バイタルサインの観察」として器具が無いため五感による観察。

「緊急処置」として三角巾法の止血、被服、固定。
「緊急救出」として油圧救助資機材使用訓練。
「緊急搬送」として 徒手搬送、簡易担架作成、スクープストレッチャーの搬送・全身固定など、現地にあるものを使用して訓練を実施しました。
 日中の猛暑の中、70師団の基地内で9時から16時30分まで訓練しましたが、指導員の私たちは終始JPRのTシャツでしたが、訓練生はほとんど活動服のままの訓練でした。
 そして19時から0時までプノンペン市内でカンボジア軍の衛生兵が乗務している救急隊2隊に同乗し、昼間の訓練生とともに現場指導を実施しました。
 私と西山さん(看護師)のペア組と播磨さんの2組に分かれての夜間現場指導となりました。
 宿舎の70師団に帰って、シャワーを浴び終えると1時を過ぎているという毎日でした。
 そして7時の朝食まで一眠りして、9時には訓練実施という規則正しい生活に消防学校時代を思い出したしだいです。
 最終日、中将と今後の支援について再度協議し、災害派遣ユニット構築のために再度技術支援を要請されました。
 また、その災害派遣ユニットは、大規模災害の無い平時は、プノンペン市内の救急と救助活動も実施することになります。
 これに対する技術支援を3年間することとなり、3月22日付けで覚書を交わしました。
 これで正式にカンボジア国から技術支援の要請を受けたことになり、JPRにとって初めて一国の政府から直接の支援要請を受けた訳です。
 ころろで、今回私達の受け入れについて70師団では最大限のもてなしをして下さいました。
 毎回の食事はもとより、宿舎の玄関前には日の丸を掲げJPRを歓待して下さいました。
 また、今回のカンボジア支援では、JPR役員でTICOから派遣されている五十嵐さんご夫妻には、事前からの万端な準備をして頂いき本当に感謝しています。
 以上、支援の概要をお知らせしましたが、今回の覚書にもありますように、今後3年間はカンボジア国への支援が継続します。
 この支援には、JPR会員の皆さんのご協力とご支援が不可です。
 JPRの基本理念「一人でも多くの命を救うために」を実行するため、今後ともご協力とご支援をお願い致します。
                                     JPR:日本国際救急救助技術支援会

                                      会長: 正 井  潔





 第2回カンボジア技術支援報告 2009・6/27〜7/2 
 今回は、初渡航メンバーとして泊りさんが加わっていただきました。
 救急救助、更には機関関係何でもこいの頼もしい仲間です!
 全体の流れは会長からご報告があると思いますので、私からは画像を中心にお伝えします。
 今回は、初渡航メンバーとして泊りさんが加わっていただきました。
 救急救助、更には機関関係何でもこいの頼もしい仲間です!
 全体の流れは会長からご報告があると思いますので、私からは画像を中心にお伝えします。
        

 
1日目

 到着すると、前回同様に儀仗隊、軍楽隊の出迎えを受けました。
 簡単なブリーフィングをマオ中将と行い、翌日早朝よりスタート。
 今回の内容は今までに寄付した資機材の使用方法がメインです。
 可能ならそれらを車両に積載し救助隊の発足までが目標でした。
 マオ中将に資機材の説明を行う正井会長。

 初日の昼間は、資機材の点検整備でほぼ終了してしまいました。

 NBC災害対応ユニットは現在ありませんので、ユニット設立のため訓練も行います。
 その時にやはり大量の水が必要となるので消防ホースを送りました。
 写真は耐圧テストの模様です。
 戦車と消防車のミスマッチ。
 この奥に池があり、ここでしか揚水できませんでした。
 現在のところ救急救助をはじめ、災害対応に可能な組織はカンボジア王国では軍隊だけなのが現状です。
 助けに来た人が軍人だからって断る人はいないと思います。
 我々も当初は「軍隊」と我々のポリシーは対極にあるものと思っていましたが、日本の自衛隊もそうであるように最も大規模な組織力を有する集団で、国民を守ることが使命です。

 警察、消防が貧弱なカンボジア王国では彼らがすべての災害から国民を守らなければなりません。
 28日の夜、交通事故発生です。

 観察の結果、レベルU、A? B感じずC触れずでCPR開始しました。
 バイクの単独事故でノーヘルです(法律では着用義務あり)。
 カルメット国立病院へ搬送。
 幸い、この方はこの時までにはレベルPまで回復しABCはしっかり確認できました。
 この夜は3回同乗しましたがすべてバイクがらみの交通事故でした。

 2日目

 訓練前のひと時
 なんかかなりでかい鳥が目の前をウロチョロウロチョロ。
 2日目は、各種資機材の使用方法を中心に実施しました。
 こんな感じで二日目もあっという間に夜の救急車に同乗する時間がやってきました。
        救急車同乗前に軍司令本部にて                     

    (※出血が多いため、画像処理しています)
 早速、救急出場です。
 今回もやはり、バイクの事故でノーヘルで3人乗車さらに飲酒です。
 写真の2人は意識状態がE1V1M5といった感じでしたが、ABCは安定していました。
 実はこの2名を1台で搬送したのですが酸素やNCなどは1名分しか積載が無く、かろうじてBBとスク−プで搬送です。
 何故、無理をして1台で搬送したか?下の写真を見てください。

 これは民間救急隊の活動です。
 このように観察、処置などなにも実施せず、ただ自分の病院へ連れて行くだけです。
 レベルの悪い複数傷病者ということで応援要請をしたところ彼らがはやく到着しそうだということでしたので、会長の判断で2名搬送としました。
 急変時には彼らに任せておけないですから
 この日は同乗を終え、駐屯地まで帰ってきたところで頭から血を流した兵
士がフラフラと我々に近づいてきました。

 何者かに殴られたようですが額に5cmほどの割創がありました。
 この程度の処置は救急隊員だけで消毒縫合するようです。
 3日目

 3日目はNBC災害対応について小規模ながら実戦訓練まで行いました。

 会長よるNBC災害対応の講義、このあたりは会長より詳細があると思います。

 この日の夜は平穏無事で出動はありませんでした。

 最終日(午前のみ)

 これまでの復習と事故車両の安定化について行いました。

 私自身、今回で2回目となるカンボジア支援でしたが、前回もすごい期待がかけられていることを肌で感じましたが、今回はさらにそれを上回っているように思いました。

 これはおそらく前回の指導が「いい」と感じてくれたからではと思います。

 途上国への支援は非常にいろんなバランスが難しいと今までの経験では思っていましたが、カンボジアの彼らは単純明快に「技術を会得したい」が第一目標です。
 この分野では「物」を渡し支援活動としてきた団体はたくさんありますが、その「物」の実際の使用法、トラブルの対応法などはやはり、目の前で実践することで言葉の何倍も伝わります。
 名称は違いますが彼らも私も同じ防人として、今後出来る限りの協力をしていきたいと思います。

 なお、今回私と前回参加した西山さんに対しフンセン首相のお名前で感謝状並びにメダルを頂きました。
 これは、JPRの全会員のみなさんを代表して、ただその場にいた私が頂いたものだと思います。
 
 皆さんの支援があればこそのJPRです。

 今度はみなさんが一歩海外に足を踏み出しませんか?
 では、今月はさらにスラバヤがありますので、そのご報告もお楽しみに!




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