2011年 カンボジア支援

Kingdom of Cambodia



2011年 救急救助・消防防災の技術はもちろん、医療関係など多方面に支援を実施。

 2011年も、JPR会長の正井氏が、カンボジアのプノンペン市で長期滞在し、カンボジア王国軍から選抜されたチームに救急・救助・消防などの技術支援をしました。

 ここで、「軍隊に指導している」ということで、多少アレルギーをお持ちの方や疑問を持たれると思いますので、少しご説明します。
 JPRが技術支援しているカンボジア王国軍Brigade70は、首都プノンペンを守備することが主要任務なため、救急・救助・消防などの技術も必要であると考えられるようになりました。
 そのためRRC711という災害派遣部隊が必要なのです。;
 今カンボジアで総合的な防災組織として活動できるのは軍隊であり、RRC711部隊なのです。
 救急車だけ持つ保健省では防災はできません。;
 2010年11月に水祭りで大事故が発生したこともあり、カンボジア王国軍の最高司令官は、防災を担える人材育成をJPRに期待しています。

 JPRは軍隊に指導していますが、銃の指導をしているのではなく、人の生命・財産を災害から守る技術を指導してるのです。

 救急車や消防車・資器材や物資のみを寄贈する団体は他にもありますが、JPRは救急隊、救助隊、消防隊を担う人材の育成・技術そのものを寄贈するのです。
 つまりJPRは、日本の消防のように防災に関する全ての技術を有する防災人を育成しているのです。
 日本の救急救助技術を寄贈することで、ひとりでも多くの命が救われることを願っております
 また、この様な技術支援を出来る日本で唯一のNPOとして自信と誇りを持って活動しています。

      整列するRRC711の隊員

          消火訓練

 プノンペン市を警備するRRC711のみなさ
ん (神戸市から寄贈された梯子車)

           
   日本から寄贈された資機材で防火着装            10tタンク車とカンボジア初の50m級梯子車


2011年6月 カンボジア報告 (関 祐介・亮子)
 平成23年6月12日
 播磨副会長のもと関空を出発しました。
 見送りには、秋吉さん&秋吉さんJrが来てくれました。
 初海外に緊張です。

 播磨副会長は、慣れた足取りで飛行機に搭乗し私たちはそのあとを、ついていきました。

 正井会長がプノンペン空港まで迎えにきてくれました。
 プノンペンでは、車やバイクに交じってトゥクトゥクがいっぱい走っ
ていました。


 JPRブログにもあった会長行きつけのカフェで、まったりしました。

 夕食にデザートに出された正体不明な果実です。

 ライチのような感じですが、初体験でおいしかったです






6月13日

 実技訓練の前に、心電図についてのテストを実施しました。

 みんな真剣な目つきで、テストに挑んでいました。


 午後からは、正井会長と播磨副会長の指導のもと、酸素呼吸器と空気呼吸器の訓練を行いました。


 訓練の合間の、休憩の一コマです。


6月14日

 日本から寄贈されたベッドサイドモニターの点検と操作方法の指導を行いました。

 ベッドサイドモニターの使用方法を日本語(ひらがな)で、作成しそれをクメール語に翻訳してもらいました。

 接続するコードを探すのに一苦労でした。


月15日
 車輌持ち上げ訓練では、隊員に交じって有沢さんも車両の下に入っていました。

 そのあと、化学防護服を使用した訓練を実施しました。
 会長の指導にも熱が入り、隊員も汗だくになりながら訓練に励んでいました。


 初めてのカンボジア支援で、今まで支援した国と違うとこともありましたが、みんなが思う熱い気持ちは一緒であると感じました。

 今回の支援で、海外の技術支援も大切ですが、海外技術支援のための国内作業の大切さも実感しました。

 これからも海外国内ともにJPRの活動をみんなでやっていきたいと思います。

JPR:日本国際救急救助技術支援会

関 祐介・亮子 (看護師)




2011年9月 カンボジア支援報告 (JPR副会長 播 磨  賢)

 2011年9月12日〜18日の一週間。
 カンボジア短期支援実施
                        

 長旅でお疲れの様子

 今回は12日に関空より染川さん(2回目)、福田さん(初)と3名で出発。

 また、同日富山の有沢さん(数回)が小松空港より出発し、現地で合流到着後は簡単な打合せをし、夜はいつもの場所(居酒屋ブリゲード70)でダラダラと・・・


 翌13日、早朝より訓練スタート、今回は、救急訓練です。

 ABCの異常時の処置を行いました。

 Aの異常時に用手から始まり、状況に応じてデバイスを選択。

 予定ではintubationも考えていましたが、そこまでは至らずでした。

 BについてはBVMの使用方法は既に習得済みであり、若干の手直しで全員有効換気が可能なレベルです。



 Cは、今回初めて静脈路確保を実施。 お馴染みのリヘインにも指導に加わってもらいました。


 また、福田さんには前回関さん夫妻が担当したモニター類の組立もやっていただきました。



 午後には、西田さんファミリーと小谷教授、上田先生が到着。



14日

 兵庫医大の2名は会長と共に別行動。

 通訳は英語のみ可能な状況でしたがまあケセラセラ〜♪

 
           赤松さん

 しかし、西田さんのご令嬢である赤松さんが助っ人に来ていただき前日に引続きモニター組立と分署のメンバーに静脈路確保の指導です。

 実は赤松さんは、私の管轄の病院の看護師さんです。

 

    

 分署はまだ路面が未整備で、隊員が自ら路面整理などを行っており作業班と訓練班に分かれて実施。

 この日の夜はカンボジア在住の当会会員の山崎さん、石本さんも加わりプノンペン市内の「一力亭」で懇親会を開催。



 今回は当初の予定であった西田さんご寄贈のAEDの引渡し式典は、残念ながら実施には至りませんでした。

 ギリギリまで会長も交渉を重ねてまいりましたが、ここでも日本同様縦割行政の壁が・・・。

 しかしながら、式典こそ出来ませんでしたが西田さんファミリーには故西田さんがどういう思いで当会にかかわっていたか十分にお伝えできたのではと感じています。

 赤松さんも帰国の際には当会に、看護師として非常に興味をもたれているようでした。

 また、私自身も渡航のたびに「ようこんなん一人でやってるわ。」と感じています。

 メーリングやプログだけでは伝わらないことは多々あります。個々の一歩が集まれば可能性が可能になります。

 皆さん、一歩踏み出しませんか?


カンボジア医療活動報告 (兵庫医科大学 救命救急センター 小 谷 穣 治)

兵庫医大の小谷です。

 この度はまた貴重な時間を過ごすことができ、会長の正井さん始め、多くの皆様に感謝しております。

 今回は、当科の上田敬博医師とともに医療活動と施設視察を行いました。

 フンセン・ブンレニー病院でのモニター組み上げ等、大変な仕事をされていた皆さんとは別行動でしたので、簡単ですが、以下にご報告します。


1)脳性麻痺の子供を中心に収容している施設における診療:

 カンボジアでは障害者の子供を育てる経済力は一般の人にはありませんから、収容されているほとんどの子供が孤児です。

 この度は、丁度大阪の「こころとからだの発達相談塾 MABA」というNPOの方々が入っておられ、彼らから現状の説明を受けることができました。

 意外にも栄養状態が悪い子供は少なく、また、嚥下障害はありますが、誤嚥性肺炎を起こしている子供も居ませんでした。

 これは、ある程度元気でなければ生きられないということだと説明され、納得しました。


2)軍病院の視察:

 軍施設の隣に作ったフンセン・ブンレニー病院を1次、2次病院として、さらに重症患者を軍病院に連れて行き、手術ができる体制を取れるかどうかを調べるために、軍病院の視察をしました。

 麻酔はハロセンながら、なんとか全身麻酔は可能。

 手術器具は意外にも豊富。輸液は細胞外液補充液、グルコース液、アミノ酸液、脂肪乳剤がつながれており、基本的な輸液管理は理解されているようです。

 しかし、脂肪乳剤は中鎖脂肪酸(MCT)を含有しており、このような商品が積兄存在する事を初めて知りました。

 医師は病院に所属するのではなく、時間契約制、すなわちある時間からある時間までパートタイムで働くようです。

 そして他の時間はまた別の病院で働きます。

 この体制で外傷を含む緊急手術は24時間対応しているとのことでした。

 話だけ聞いているとなんとかシステムは出来ていそうですが、手術室は古いし、誰もいないので、ほんとに動いているのかわかりません。

術 後の回復室には開腹手術を受けた青年がいましたから、手術が行われていることは確かです。


3)ジェネラル マオ氏の妹さんとの会談:

 彼女はフンセン・ブンレニー病院の施設責任者でもあります。

 軍病院のみならず市内の別の病院でも私どもが手術をして技術指導する許可を出してくれる事になりました。

 またこのような活動のためには現地の学術的なポジションがあった方が動きやすいので、大学の副学長をしている彼女のお姉さん(だったと思います)と相談するという返事を頂きました。

 他には、日本料理店の一力亭で現地のマルハン銀行の山崎さん、経済特区の石本さんなどと親交を深めることが出来ましたし、トンレサップ川のほとりにあるFCCというレストランではWiFiがあり、眺めもすばらしく、空いた時間はなるべくここで過ごしつつ日本でたまった仕事を片付けていました。

 正井さん、JPRの皆さん、西田さんご一家、多くの皆さんと充実した時間を過ごせました。

 ありがとうございました。

兵庫医科大学 救命救急センター

小 谷 穣 治



カンボジア支援報告 (兵庫医科大学病院CCU 福 田 貴 史)

 今回、カンボジア短期支援に初参加させていただきました福田です。
 カンボジア滞在中は会長をはじめJPRメンバーに大変お世話になりました。
 滞在は実質4日間でしたが、カンボジアという国の雰囲気、救急医療を支えている711の隊員と、それを指導されている会長の行動力に圧倒されっぱなしの4日間でした。
 今回はモニターの整備とBVMを用いた呼吸管理、血管確保、DCの適応と使用方法の説明を播磨副会長のもと行いました。
モ ニターの整備は、どのパーツが何に使うものなのかすら曖昧な状況で、冷や汗をかきながらの開始でしたが、その中から何とか数台、使用可能なモニターを組むことができ安心しました。
 BLSやALSの手技に関しても、711の隊員は想像以上にスムーズに行えており、日ごろ十分な訓練を受けていることが分かりました。
 まだ実際にカンボジアに行かれてない方に声を大にして伝えたいんですが、彼らは十分な医学的教育を受けていないにも関わらず、日本のACLSやICLS受講生と同様の、もしくはそれ以上の手技を見せてくれます。
 これは大きな衝撃でした。
 滞在中に会長が仰られていた、「しなかったら死ぬんやからせなあかんねん。
 資格がどうとかじゃなくて、目の前で死にそうな人がおるときに何ができるかや。」という言葉が強く印象に残っています。
 医療の本筋は目の前の人をどう助けるかであって、資格ごとに役割が細分化している日本の現状を、むしろ不自然に思いました。
 各職種の専門分野を深めつつ、役割の相互乗り入れが日本の医療でも必要なのではないかと思います。

 帰国して3日がたちました。
 帰国翌日より通常勤務に入り、あっという間にいつもの日常に戻ってしまいましたが、気持ちはまだカンボジアに圧倒されたままのような気がします。
 いろいろここでは書けないこともありましたが、本当にいい経験をさせていただきことができました。
 取り急ぎ、簡単ではありますが報告とさせていただきます。
 また別の形でも報告をしたいとは考えていますのでよろしくお願いします。
 またカンボジアで活動できることを楽しみにしています。
 今回は本当にありがとうございました。
兵庫医科大学病院CCU

福 田 貴 史



2011年12月15日 プノンペン市内での倉庫火災。


 筒先は、プレイム君、補助はキムホン君で
す。

 昨日(15日)の深夜、プノンペン市内で3棟が燃える火災がありました。

 残念ながら私は、ソイナリ中将が腰痛を気遣ってくれたため出動しませんでしたが、RRC711の活動は素晴らしかったと絶賛していました。
 今回の火災で特に感じたのは、私が現場に行かなくても普通の火災であればRRC711のチーム独自で火災対応が出来るようになったということです。
 国際協力で最も重要なことは、自立して運用出来るようになることが重要で、今回がその成果の表れの一つと思いました。
 ホース延長し、屋内進入する隊員たち。
 この様な活動はRRC711だけです。
 筒先の隊員は、プレイム君で補助をしている隊員もイイ顔してます。

  激しい火事の中、火を消している711チームの勇姿                       <JPR 正 井  潔>

              

              

              

 Brigade70 Rapid RescueCompany:RRC711
 Narith Soy(ソイナリ氏)のコメント


 (火災発生の約5分後)土曜日の20時20分には、RRC-711チームが激しい火事を消していました。

 その火事は、Sangkat TomNop Touk, Khan Chamkar Morn, Phnom Penhで発生しました。

 20時20分から23時を過ぎた頃でも、まだまだ火勢が強く、厳しい状況が続きました。

 場所的に厳しい(物品が多数散乱していたためか)ので、消火するのに大変でした。

 また、激しい煙のため、RRC-711メンバーが呼吸するのが困難でありました。(濃煙のため、呼吸困難状態であった)

 Rapid RescueCompany:RRC711

 2011年12月15日の23時15分頃の中古服倉庫で火事が発生しましたが、 この火災で、新たな消防戦術、資機材を使用し消火作業しているのがRRC711部隊のみなさんです。
 現在、カンボジアで長期支援を実施しているJPR理事長の正井氏をはじめ、今までに短期支援でJPR会員のみなさん(現役消防士)が、消火技術や消防戦術を指導してきました。


 消防車両や資器材を寄贈するだけでなく、技術そのものを直接現地に赴き、指導・訓練したことにより、カンボジアでは今まで成し得なかった、火災での「屋内進入」「タンク車による消防水利(水)の確保」「ホース延長」などを行い火災を鎮圧・消火したのです。
 2008年から実施している「救急救助・消防防災」の訓練や指導を受けてきたRRC711の隊員のみなさん。
 消火作業する姿は、訓練をこなしてきた自信からか、精悍な顔つきで頼もしささえ感じます。
 国際協力で最も重要なことは、自立して運用出来るようになることが重要で、今回がその成果の表れの一つでした。
 現在、カンボジアでこの様な活動を行える消防隊はRRC711だけですが、消防技術や戦術のみならず、RRC711の救急隊(救急活動)救助隊(レスキュー)も幅広く活動しています。

 また、負傷者や急病人にとっては、救急搬送された病院が重要です。
 JPRでは、医療関係者(日本の医師・看護師の方々)の協力を得て、直接現地に赴き、様々な研修や直接指導を行っています。
 ○情報および画像提供 カンボジア NarithSoy氏。 ○画像翻訳 Enggie Kongさん

JPRとBrigade70 Rapid RescueCompany:RRC711

 日本では、消防隊員が火災を消すのは当たり前のことです。
 火災も救助も救急も・・・119番通報すれば、すぐに来てくれます。
 もちろん!金銭の要求などは全くしません!!国民を、市民を守るため、「全体の奉仕者」として存在しているので、当たり前のことです。
 しかし、世界中では「当たり前?」ではない国が存在していることも確かです。
 カンボジアでも救急車は有料、火災になって火事を消すときも金銭を要求されるそうです。

 RRC711部隊は、全て無償で活動しています。
 また、現在無償で活動できるのは、軍隊から選抜された人命救助チームのRRC711部隊のみです。

 ではなぜ「軍隊」なのか?と思われる方も多いと思います。
 そして、「軍隊」という言葉にアレルギーを持っている方も居られることでしょう。
 現在のカンボジアでは、日本のように「無償で活動」できるのは軍隊のみが可能なのです。
 JPRは、銃や大砲の撃ち方を指導しているのでは、ありません。
 人命救助・防災、消防活動、救急活動を指導してるのです。
 救急救助・消防の指導者を育成し、日本の消防ようなシステム作りを目指しています。
 市民、国民の生命・身体・財産を守る専門部隊と専門機関・システムの構築を目指しているのです。
 (※日本では、消防機関や海保・自衛隊などの救助隊であり、119番のようなシステムのことです)
 今回の火災でも、消火活動といっても単に火を消すだけではなく、安全管理や指揮活動など組織的な活動が絶対的に必要となります。
 そのことを、カンボジアのRRC711の隊員の方々が、自ら実施できたということは、JPRが目指す目的に近づいてきている・・・と言えます。

  

  

  
            Brigade70 : Rapid RescueCompany


新聞記事とエピソード
 皆さん、カンボジアの正井です。
 プノンペンの火災に出動したRRC711に関するエピソードが2つ有りますのでお伝えします。
 1つ目は、下の写真とカンボジア語は、プノンペンのCENという新聞社のネット記事ですが、この記事を見てRRC711担当のソイ・ナリス中将が怒っていました。
 それというのも、写真はRRC711の火災活動の写真を使いながら、記事には一切出てないからです。
 記事には、消防車5台が出動したとありますが、RRC711からも4台出動させています。
 2つ目は、昨日私の携帯電話に知らないカンボジア人から電話がありました。
 掛け直してリヘイン君に聞いてもらったところ、この火災火元の社長からで21日に警察が来て「RRC711が消火の費用を請求しているから代わりに取りに来た」と言ったそうです。

 その社長は、RRC711がお金を取らない消防ということを知っていたので払わなかったそうです。

 もちろん、電話対応したリヘン君は「RRC711は、絶対に711はお金を取りません」と返事していました。

 また、リヘイイン君の電話対応から漏れ聞こえて来る女性社長の声に「オックン(ありがとう)」や「ジャポン(日本)」という言葉が何度も出て来ました。

 日本では、消防が市民のために自分の生命をかけていますが、途上国ではこの様なことも漫然と有ることも事実です。


<ネット記事翻訳:神戸学院大学生 カンボジア人留学生 コン・エンさん>
 2011年12月20日、22時30分ごろに、Sangkat Stoeung Mean Chey, Khan MeanCheyにあるKimmaという衣装工場(Vannakという公園のあたり)では、激しい火事が発生しました。
 報告によると、プノンペン市の消防車5台が出動し、現地へ向かいました。同時に、Meancheyの首長(Meanchey District’s chief)であるKourchChamroen氏は現地に行って、指示をしていました。
 火事の原因に関しては、まだはっきりわからないということです。
 さらに、報告によると、被害を受けている工場では、夜勤をしている労働者がいないということです




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