第2回インドネシア技術支援

Indonesia




2008・5/25〜5/30
 今回の「第2回インドネシア技術支援」は、会長以外女性3名という、JPR初の隊員構成でした。
 しかし、いずれの隊員も「救急救命」においてベテラン揃い、またJPR隊員の中でも、支援経験豊富な面々ですので、女性ならではの極め細やかな支援が出来たことと思います。
              

 第2回南カリマンタン技術支援結果報告
 5月25日から始まった今回の支援は、少人数で隊員は女性だけで消防関係がいないということもあり出発前から正直不安の大きい渡航でした。
 前回の2月の支援から帰国して間もなく、今回のための準備・プログラム作りが始まりました。
 今回の渡航は様々な事情が重なり、直前まで中止になるかもしれない落ち着かない状況でした。
 それでも渡航が決まったらいつでも出発出来るようにと、準備だけは進めていました。
 渡航決定が決まったのは出発の数日前でした。
 半ばないものと思っていた私はいよいよ焦り、準備の最終仕上げをしたのでした。
 いつものルートで空路を行き、真っ青なきれいな空のバンジャルマシンの空港に降り立った時は、3回目ということもあり「帰ってきたな…」という気持ちになりました。
 滞在するホテルに荷物を置きホッとする間もなく研修会場に向かい、顔なじみも多くなった受講生との対面となりました。
 今回は2日半の研修時間の中で、大きく8項目のプログラムを盛り込みました。
 前回受講生の興味を保ち続けられなかった反省点を活かし、インドネシア語で資料を作ったり、デモンストレーションをしたり、研修前後にけじめをつけるために整列・号令をかけたりとたくさんの工夫をしました。
 その甲斐あってか、前回に比べると格段受講生の集中力はこちらに向けられていたように感じました。
 今回の支援の大きな目的は、前回に指導したBLSの確実な習得がありました。
 前回充分な時間や資器材が確保出来なかったなかどこまで浸透したのか、インドネシアの人々の理解度はどれくらいなのかを確認する機会となりました。
 5人1組となって付与された想定に対しBLSの一連の流れをしてもらいました。
 胸骨圧迫を最初15:2でしたり、シナリオを勝手に作って心拍再開させたりということはあったのですが、修正しつつ進んでいくうちに最後のグループではある程度形になっており手応えを感じることが出来ました。
 今回JPRメンバーが少なかったことから訓練形式をJPRデモ⇒3グループに班分けした受講生のシュミレーション訓練⇒残りの受講生が手技チェック⇒フィードバックという形にしました。
 手技チェック用のチェックリストは通訳さんの大きな協力を得て、全てインドネシア語で作成しました。
 想定付与もインドネシア語辞書を片手に説明しました。
 その効果は抜群でとても楽しい雰囲気で時間が進みました。
 第1回目の時は各時間毎の区切りがいまひとつ曖昧になってしまったのを反省に、今回は挨拶から始まり挨拶に終わるというジャパニーズ形式を取り入れました。
 陸軍の方が指揮をとりとても引き締まった訓練となりました。
 2日目は全身観察法をしました。
 デモのあとグループ毎に2人1組で練習したのですが、通訳さんが一人しか居ないことから通訳なしでこの時間を頑張りました。

       保健局長、受講生と

     昼食中にアダムと打ち合わせ

          研修風景bP

          研修風景bQ

          研修風景bR

          研修風景bS
 最初に個別質問は受け付けないという約束事を作っていたので単語のみのインドネシア語と身振り手振りで訓練を行いました。
 1回のデモでほとんど覚えてしまうような吸収力だったのでそんなに苦労もなくスムーズに進みました。
 10人を40分かけて指導するというプログラムだったのですがあまりにスムーズで時間が余ったので臨時インドネシア語講座が始まりました。
 そんな楽しいひとときでした。
 今回ほとんどのプログラムで傷病者役も受講生にやってもらったのですが、ザンビア人同様その演技力は抜群で付与していないのにアドリブでシナリオを色付けたり、期待以上に演技をしてくれたおかげで救急隊役の受講生達にしっかりと伝わりました。
 最終日に行った集団災害訓練の取り掛かりとなる、一次トリアージ訓練では簡易ムラージュを仕込み、それぞれに演技指導を行って、災害セミナーばりのものとなりました。
 妊婦や認知症の老人も傷病者に入れたのですがここでも完全に演技してくれ、私は訓練を忘れて楽しんでしまいました。
 今回どれだけトリアージが受講生に理解されたのかは残念ながら確認することは出来なかったのですが、次回の第3回の訓練に期待するばかりです。
 2日半という超短期間の訓練日程を終え、私は今回充分な手応えを感じることが出来ています。
 多職種、英語が通じない等、第1回が始まる前は様々な難関が立ちはだかっていたのですが、今回2回の訓練を見てきてJPRの研修が浸透しつつあるなと感じました。
 視察から含め、私達側も多くの学びを得た結果それをプログラムに盛り込み、徐々に進め方も的を得つつあるのかなと思います。
 訓練中、会場内が突然の停電で真っ暗になりマイクも使えなくなったり、青空教室中、第1回に引き続きまたもやスコールに見舞われたり、幹部会議に通訳さんが取られなかなか訓練が始められず間を持たせる工夫を必要とされたりなど、多少のトラブルもあったのですがそんな事態にも慣れつつあり、毎回私達指導側で合言葉となっている『フレキシブルな対応』も出来るようになりました。
 出発前は、「もうしんどいから行きたくないな…」と正直思っていたのですが、受講生の人たちが頑張ってくれる姿を見ると「やっぱり来てよかった…」と毎回思い、だから私は続けているのだなと実感しました。
 第2回が終わり、間もなく第3回の準備が始まると思いますが、また更にいいものが出来るに間違いないと確信しています。
 今回も、現地で、そして日本で多くの人の支えのもと訓練が成功したことを支援参加者一同心より感謝いたします。
 そして、受講生の方々の協力があったからこそ訓練がスムーズに行えたことを忘れず、今回よりも更にいいものを持って行けるよう、次回に向けた準備始動に取り掛かりたいと思います。
日本国際救急救助技術支援会

Japan Paramedical Rescue :JPR

松 田 じゅん (看護師)
 
         正井会長          松田隊員        西山隊員       猪野隊員


       ポンプ車の前でbP

        ポンプ車の前でbQ

         警察署長と

            受講生と


         バリの空港にて

          バリの空港にて


                打ち合わせ中にアボガド

ジュースで乾杯

            自己紹介?

       西山さん   猪野さん


     猪野さん ボク 西山さん

       西山さん ?  松田さん



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