カンボジア初の救急医

 


Liheng Bouheang(リヘイン氏)
 カンボジアで設立されたBrogade70 RRC711。

 その中で、唯一設立当初から残っているのはLiheng Bouheang(リヘイン氏)のみ。

 しかも彼は、正井氏との何気ない会話がキッカケとなり、軍の看護師からカンボジア初の救急医療を担う医師を目指すことになったのです。

 リヘイン氏が目指す、カンボジア救急医への道をエピソードとともに紹介します。

(写真は、日本で研修中のひとこまです)

 医師を目指すキッカケになったのエピソード(※正井氏がJPR会員にリヘイン氏を紹介した内容から抜粋)。

 リヘインはRRC711発足当初からの残っている、唯一のメンバーなんです。

 いろんな事情や様々な事があって、入れ代わり、立ち代り代わっていったRRC711の隊員達、4年間やってきて、やっとメンバーも固定して成果をあげてきていました。

 リヘインは看護師でしたが、JPRの研修や訓練では非常に優秀で万能でした。

 ある日「それだけヤル気があるなら医者になるか?」と、半ば冗談で尋ねると、「医者になりたいと」即答したのです。
 いろいろありましたが、結局「カンボジア初の救急医療を担う医者になれ!」と激励し、カンボジアの医大に合格すれば、授業料を出すから・・・と言って後押ししたんです。

 そしたら、見事一発合格しました…。

 約束どおり、私が一年目の授業料を負担し、現在はJPR会員の皆さんにも御支援頂いています。

 リヘインは、是非日本に連れて来たいという夢がありました。

 日本の医療、技術や格差だけではなく、(日本の医師から)医師としての勉強方法、知識だけではない医師としての意識を学んで欲しいと強く思ったからです。

 とにかく、医師となってカンボジアのために10年頑張ってほしい…、そして、10年経ったら自分のため好きな道を選択して、それが外国であってもいい

 カンボジアの救急医療を10年間、とにかく精一杯頑張って、後は国に縛られず、自分の好きな道を歩んでほしい…
  

 この様なエピソードから、リヘイン氏がカンボジア医療大学を卒業するまで、正井理事長を中心にJPRの有志が支援し、リヘインさんの学費を全額負担したのです。
 現在、リヘイン氏はカンボジア初の「救急医療」を行う医師として着実に前進しています。
 カンボジアの「プレホスピタルからインホスピタルの充実」を願い支援を続ける、JPRの「夢の扉」が少しずつ開いています。
 

 カンボジア医学生来日
 (当サイト内 2017年に実施された、カンボジア医学生来日研修の様子です)